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今日の心の空模様

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なんか・・・

かなり放心状態。
これまでの2回の祭ほど、時間を割いたわけでもなく、情熱を傾けたわけでもないけれど、終わるととても自分の中から空気が抜ける。
ぷしゅーって。
音がするんじゃないかと思うくらい、今、とても放心してる。
本部で軽く飲むみたいで、ぜひ参加したいけど、参加できる立場でもなく・・・
なぜって、中途半端な関わり方をしてしまったから。
本当は、何か役職について、責任を持って仕事をするつもりだったけど・・・
親の反対とか
反対ってゆうより、かもし出される拒否反応とか
自由にならない帰宅時間とか
疲れてもふて寝すれば済む環境じゃない我が家とか
そういうもろもろが大きな壁となってあきらめたんだよね。
でもそれは言い訳かもしれない。
親の「やめれば」オーラを跳ね飛ばす勢いでがんばればよかったのかもしれないし、反対されてもあきらめさせるだけの強さをわたしが秘めてればよかったのかもしれない。
どっちにしろ、屈したくないものに負けてしまって、駆け抜け切れなかった自分が悔しい。

なぜかわからないけど、祭に来てくれる人と笑顔で話すのが好き。
道案内をするのが好き。
何かお困りですか?って声をかけるのが好き。
疲れてるみんなの前で、明るく元気に振舞うのが好き。
よしって張り切るのが好き。
走り回って汗だくになって、祭を支えるのが好き。
どんなに面倒な作業も、淡々とスピーディーにこなす努力をするのが好き。
朝早いキャンパスとか、夜遅いキャンパスの静けさが好き。
たくさんの人が動く祭の土台に関われているのが好き。
包容力があって、一緒にいると落ち着ける先輩たちが好き。
そして何よりも、学園祭を作る場所にいられるのが好き。
でも、これでおしまい。
本当に悔しいほど半端な関わり方をしてしまった今回でおしまい。
来年はやらない。
今年でふっきれるかな、自信ない。


で、もっと悔しいことにまったく授業に出る気がせず、まだPCの前でかちゃかちゃやってる。
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by fu-wako | 2007-05-28 17:23 | 日々の跡

分散ベクトル

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「そろそろ決めたい夏が来る」
電車の中で決めたキャッチコピー。
決めたいことはあるなぁって思いながら見てた。
今、何を頑張りたいか。
4月は、よ~し勉学に励むぞ!と決意したけど…
ちょこっとずつサボっちゃったり、手を抜くことに慣れはじめてる。
去年の夏から秋は、学園祭委員をひたむきに頑張りたくて、気持ちのベクトルは完全に祭に向いてた。
とゆうより、向けてた。
でも、あこがれてた先輩達のような結果は実らせられなかったし、何かが自分を引き止めてしまって、情熱を注ぎ込めなかった感があった。
それは家庭の事情や、自分の弱さもあると思う。
この前読んだ本で、学生時代に自分が何を必死になってやったか、ということが問われるって書いてあって…
それに+して、学園祭委員をめぐる自分の姿勢のあいまいさが気になりだしたから、じゃあ今何を頑張って過ごしたらいいのか?と考え始めてしまった。
ひたすら専門科目に打ち込もうと思うと、サークルと勉強を両立してる人が気になっちゃうし。
じゃあそれを目指そうかなと思うと、専門とは関係ない分野を独学で吸収しようとしてる人が気になって仕方ない。
いつも趣味を大切にして、音楽や手芸・料理を順番に学び続けてる友達や、わたしの想像がつかない世界を視野に入れて活動してる人もいる。
そうゆう凄さをぜ~んぶほしい!って思っちゃうのは欲張りだし、無いものネダリしてるんだよね。

写真は、うちのお庭に咲いてる花。
すっきりな白さにほれてパチリ。
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by fu-wako | 2007-05-22 09:56 | 日々の跡

もっと前に後悔したかった

疎遠になってしまった友達の、とても仲がいい子にあいさつをして…
気のせいかもしれないけどさらりとかわされると、あぁやっぱりもうだめなんだって思う。
きっと一緒になって、わたしのイヤさ加減を批評してるのかなって考えてしまう。
それがしかも、疎遠な友達の、すごく仲がいい友達じゃなくて、まぁそこそこな友達に見える子からも、なんとなく冷たい視線をあびせられてる気がして…
こうやって被害妄想は膨らんでゆくんだなって思った。
そんなふうに考えたら怖くなってきて、簡単に被害妄想→不安障害に陥ってしまうんじゃないかと、心底恐れた。
こわいわ。
こんなふうに、ネガティブなループを描きながら、ぐるぐると先の見えない暗い思考回路に迷い込んでしまったときは、気分転換するっきゃない。
だって、ずっと気にしてたら軽くうつになってしまいそうだし、不健康そのものだから。
学問とかピアノとか、自分をまっすぐに注ぎ込めるものに、夢中になった方がいい。
ぐらりぐらりと揺れることなく、軸をぶらすことなく、ただひたむきに。
それは、継続させるのがものすごく大変で、わたしはすぐに挫折しちゃう。
読み掛けの本が積み重なるように、やりかけで情熱を傾け切れなかった事柄がたまってゆく。
本当に中途半端で、手付かずよりもタチの悪いやり残しがわんさかある。
焦点を見据えて、驚くほど冷静さを保ちながら、ひたむきに立ち向かい続ける友人から、わたしは何を吸収できたのだろう。
ただうらやむばかりで、何も学び取れてなかった。
彼女のいろいろな凄さを、身近で感じる日々…あんまり悔しいから、こじつけの文句を前に日記で書いてしまった。
ほとんど妬み。
すごいって口で言いながら、彼女の凄さを真っ正面から受け止めるゆとりがなくて、汚いわたしは日記に書いた。
たぶんそうゆうわたしのドロドロが、雰囲気ににじみ出て、それが彼女を遠ざける原因になったんじゃないかって。
今はそのことが悔やまれて仕方ない。
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by fu-wako | 2007-05-16 21:55 | 日々の跡

気持ちのスパイラル

目標にして追いかけてた子が、もしかしたら並んで一緒に歩けたかもしれない子が、今は遠くて遠くてどうしようもない。
もうすでに、その背中は見えないし、手をのばしてもつかめない。
その子は振り向いてもくれないし、振り向いてくれたところで目を合わせてくれない、そんな気がする。

あこがれと羨望は似ているようでぜんぜん違って、そのどちらも人を苦しめると思う。
少なくとも、私は苦しいなって思う。
ただただあこがれて、背伸びして、その子に並びたいなって思うのは、とても健全な志向で、まっすぐで純粋できれいだなって思う。
でも、相手を憎みながら、相手に嫉妬しながら、悔しいとつぶやきながら、その子を追いかけるのはとてもいやだ。
つらいし、汚い。
不健全な気がするし、後に何も残らない気がしてこわい。

今のわたしは、たぶん後者で、だからちょっと健康的とは言えない、のかな。
もちろん、元気いっぱいで笑顔だって絶やさないけど、ふとした瞬間にこころをよぎるのは影だから、完全にすっきりした心持を取り戻すのにはもう少し時間が必要そうで・・・
だから、こんなふうに日記を書くしかないのだけれど。

言いようのない恐怖と、すごすぎてどうしようという感動と、追いつけない悲しさと、そんな感情がぐちゃぐちゃにmixされて、大きなもやもやが形成されてる。
そんな感じ。
張り合って哲学するわけにもいかず、張り合って別の路線で戦い続けるわけにもいかず、路頭に迷うのかな、なんて思ってしまう。
これはぜんぶ、失いかけてる、とゆうよりもしかしたらもう失ってしまった友人に対する気持ち。
こんなとこに書いちゃうあたりが、じくじくした思考回路をさらけ出しちゃってるみたいでだめなのだけど。
でも、特定の知り合いが読むわけでもないし、後で読み返したいわけでもないし、だからいいかなって割り切って・・・
貴重な時間を割いてるわけです(笑)

専修は心理学、それも臨床とか教育に関する心理学ではない。
仮説と実証によって組み立てられる、科学的な認知心理学・・・と書くと、とっても響きが良いのだけど、実際はまだついてゆけてない。
目に入る情報の処理はどうなっているのか、とか、高次認知と呼ばれる人間の脳内の営みはいかがなものか、とか。
そうゆう研究です。
で、それはもちろん、英語の論文を軸に展開されるわけで・・・語学力0のわたしにはきっつい。
変わりに逃避してるのが、メディア論と美術工学。
とくに美術工学のゼミは、わくわくが止まらない。
博物館の建築をテーマに、1年間いろいろな角度から建築物と向き合い、頭をフル回転させて考えを形にしてゆくプロセスをenjoyしようとゆうもの。
素敵すぎて楽しすぎて、面白すぎてはまりそう。

こんなふうに、学問に真正面から取り組もうとすることで、なんだか少し健康になれる気がするの、こころがね。
活字中毒な友人をうらやみながら、哲学思考で構成されてる友人をねたみながら、下向きに進むのはいやだ。
せっかくなら、くやしいって心で泣きながら、でも負けないってゆう気持ちでその子を追いかけたい。
傍目に見れば、なんだか気持ち悪いかもしれないし、なんとも言い表せない屈折した感情のように受け取られてしまいそうな、わたしの気持ちだけど・・・
でも、嫉妬しながらもあこがれて、こっちが意地を張りたくなるほどの魅力を詰めてるその友人に対する思いは、そう簡単に処理できるものでもなく・・・
だからその混沌とした感情を抱きながらがんばろうって思う。

とりあえずは、教職のために必要な哲学に挑戦すべく本を読み、ひたすら想像力を鍛えるために美術館にてくてく通いたい。
あと、大切なパートナーを見つけることのできない自分の欠陥に目をつぶることなく、現実を受け止めて前に進みたい。
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by fu-wako | 2007-05-11 17:32 | 日々の跡

悔いて悔いて

がんがん日記に気持ちを書いてたら、授業にちょっと遅れた。
今日は音響工学の授業で、そりゃあかなり面白かった。
興味があったし、話上手な方だったから、ぐんぐん引き込まれた。
その間だけ、いろんなもやもやを忘れられて楽だった。
さっきの続きでいろいろ思いをつづると…
「あなたとわたし」「わたしとあなた」の話をしたい。
わたしは、「わたしとあなた」の人。
常にわたしが中心で、そこからすべてを見ようとしてる。
だから自然に上から目線になってしまっていて、そのことに全然気付かない。
それって、ばかみたいに幸せなことで、でも不憫だ。
「あなたとわたし」の人は、相手を1番に考えられる人。
あなたがいて、わたしがいる。
それってとても素敵だ。
あなたに感謝しながらわたしを育てて、愛を与えてもらいながら愛を与えるような関係だから。
わたしがいて、あなたがいる、そんなふうに考えてしまうわたしは、すぐにでも傲慢になる要素をたっぷり持っているとゆうわけで…。
それってひどい。
周りを見渡せなくて、大切な人が去って行っても気付かない。
そんな自分になってしまってた。

挨拶をして笑顔が返って来なかったとき、相手の目線がわたしを捉えることなく遠くを見ていたとき、はっきりと相手の拒絶を感じた。
ちゃんと傷ついた。
胸が痛かった。
心理学の視点では、心は脳にあるのだけど、やっぱりどうしても胸がちくちくと傷んだ。
面と向かって大嫌いと言われたことがないから、その瞬間どれだけダメージを受けてしまうのかわからないけど、こんな感じじゃないかなと思った。
もの言わぬ拒絶はきつい。
でも、わたしが傷ついたと感じる、その倍以上の痛みを、わたしは相手に与えてしまってたんだと思う。
何を悲劇のヒロインぶって、と他人は笑うかもしれないけど、今のわたしには最大の重要問題で。
解決策はまったく見つからず。
また1からその人との関係を築くわけにも、かと言って今の関係を修正する術も考えつかず、途方に暮れてる。
ミカラデタサビはまさにこれで、よく考えるしかないみたいだ。
わたしにとって大切で、あこがれで、ヤキモチを焼いてしまうほど敵わない友人。
まっさきにその人が自分から離れてしまったとゆうことの大きさに、ちゃんとショックを受けられないでいる。

愛は、与えられる喜びを知っている者が、相手にも与えられるのだと、誰かに聞いたことがある。
それは、与えて与えてと相手にねだるべきだ、とゆう意味ではない。
あなたとわたし、その関係を大切にすることなんだって、今ならわかる。
あなたに愛を与えようとすることで、自分にも愛が与えられる。
相手の愛をほしがるだけでは、相手が自分に与えようとしてくれる愛を感じとれない。
giveしてくれないならtakeしてあげない、ではなくて、takeしたいのだけどgiveもうれしいな、とゆう心がけ。
あまりに大切な部分が自分に欠落してて、今、混乱してる。
大切な友人に、怖くて声がかけられない。
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by fu-wako | 2007-05-09 21:49 | 日々の跡

結局何が・・・

残ってるのかなって思う。
ともだち。
昔からネックだった。
ひとりでいたいくせに、ひとりでいるのは死にそうなほど寂しくて。
でも誰にその思いをぶつければいいのかわからなくて、結局頼るのは母親だけ。
それってどうなの?って思う。
でも、思うけど、思うけど、どうしていいのかわからない。
ねえ、どうすればいいんだろう?
わたしが魅力を感じた人は、わたしに魅力は感じなくて、だから双方向的な友情は築けない。
大切だと思ってた友達と疎遠になって、すごくそう思った。
というより、前からそうわかってたけど、ますますそう思うようになってしまった・・・友達って上手に作れない。
100人よりも深くつきあえる1人を大切に。
そんな考えをわたしはすてきだって思ってたけど、実際のところそれはとても難しい。
何しろとてもやきもち焼きで、それを出すのは怖い。
拒否されるんじゃないか、とか、異常だよって言われてしまうのを恐れて、今までつきあってくれた友達に聞けない。
「なんでわたしよりも、別の子と親密なの?」なんて。
土曜日や日曜日に遊びに行く友達がほしいのか、長期の休みに旅に出てくれる友達がほしいのか、それとも普段は会えなくてもいつもどこかでつながっていられるような友達がほしいのか。
そんなのわかんないよ、全然。
ただわかるのは、わたしが大切だと思えば思うほど、相手は離れてしまい、それに傷ついたり、くよくよ考えてしまうのはとてもこころが疲弊してしまってつらいということ。
わたしがいて、大切な友達がいて、その子がわたしよりも大切にしてる子がいて。
つまり、簡単な3角関係に、わたしは入ってゆけない。
入れて♬なんてかわいらしくできない。
なんでわたしの思いは空回りするんだろうって、思い続けることしかできない。
でもそれって、なんだか怖いよね。
端から見れば怖いと思う。
自分が何に固執してるのかわからなくなってきて、その子を大切に思いすぎてる自分が怖くなる。
でももしかしたら、わたしはその子を大切にしてるというよりも、その子が振り返ってくれないことに単純に寂しさを募らせてるだけな気もするの。
わたしから離れて、遠くかすんでしまった友達。
やっぱり離れて初めて気づく、というのは本当だと思った。
きっととても傷つけたか、こんな子につきあうのは嫌だと感じさせてしまった&うんざりさせてしまった、のでしょう。
ね、誰か教えてほしい。
長く深く、つきあえる友達の作り方を。
自分の気持ちの出し方を。
わかっているようで、ぜんぜんわかっていなかった人との付き合い方を。
彼氏ができないのも、大学で親友を作れないのも、自分の欠陥のせいで、それを直すにはどうしたらいいか、本当に教えてほしい。
でも、でも、気づかなきゃ意味がないのだから、こうして日記を書いているわけで・・・少し整理しないと、気持ちのぐちゃぐちゃがほぐれることなく、さらにからまってしまいそうで。
泣いていいよ、って言って、抱きしめてくれる人がほんとにほしい。
もう限界。
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by fu-wako | 2007-05-09 19:11