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今日の心の空模様

fuwako.exblog.jp

書き溜め

「今日はいい学びをした」はよくない感想らしい。
満足してもそこで止まってしまうから。
そこからどう次につなげられるかが鍵で、書き残さないとそこで閉じてしまう。
どんな形であれ、書き留めておくこと、記し残しておくことが大切だと習う。
いつか自分が読み返せるというメリットだけでなく、他の人がそこから次の学びを引き出すことができるという連鎖。
twitterはそこの可能性を確かなものにしているという、新たな味方を教えていただく。
以下、時間がたつほどにぽろぽろとこぼれ落ちてしまいそうなお話たちの記憶。

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山登りのお話。
登る山は同じでも、登り方はさまざまあるという。
「あと何歩」と思う人もいれば、「いま何歩」と感じる人もいる。
ゴールを見据えてそれに向かうアプローチを考える人もいれば、道具を持つことに時間をかける人もいる。

その道具とは…
たくさんの中からガバッと獲物を打ち落とす人もいれば、それをどういうふうに切り分けるか、調理するかを考える人もいる。
道具を持つとはまさに、後者のような、誰もが享受できる形に獲物を解体していく人のやり方を指す。
そのやり方もまたさまざまで、それはその人の特性・タイプ?という話。

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どうしてこんなに必死に書き連ねているかと言えば、聞いたことを消化してからまとめ書きするには時間がかかり過ぎるから。
話を聞いたら、忘れないようにすぐトイレに立つ。
そしてひたすらメモる。
それなくして、聞いたことが止まっていてはくれない。

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指導方法の変化に、その人の重ねた年を思う。
自分と学生との距離が近いほど、自分の一言の大きな影響力に学生が引きずられてしまうことを心配し、直接的な介入を控える。
年を重ね、距離が開き、学生+αの長となったとき、自分と学生との間にクッションとして入る人に何かを託すことで、直接的に物を申すようになるかもしれないというロジック。

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コミュニケーションは、従来言われていたような、人から人への単なる情報伝達ではない。
もちろん情報は100%正確に伝わることなどないのだから。
ある人とある人との間にリンクができ、コミュニケーションが起きる。
それだけの話ではない。
そこに別の人が加わり、それをも含めたぐるりと取り囲める範囲でのコミュニケーション。
これからはそういう、広きを見据えたネットワーキングへと移っていくろのではないか。

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とりあえず全部おしまい。
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by fu-wako | 2009-10-24 00:27 | Diary
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